出来なかった
緋影の視線の先には愛用のナイフ。
それを巧みに蹴り上げ、口に咥えて、小川に飛び掛る。
一瞬。
小川の眼が、正気に戻ったような気がした。
だが、もう止まれない。
ドスンッ!
咥えたナイフで小川の『歪み』を突く。
飛び掛った緋影は勢い余って反対方向の壁に激突した。
「小川っ!」
壁に激突しながらも小川の方を顧みて、なんとか立ち上がる。
「が……ががかかかはっ!」
変化はすぐに起こった。
小川の形をとった怪物は突然苦しみだし、砂に変化していく。
『心』を失った物質は、全て崩壊し、無へと還る。
「……深山……君」
掠れた声が液体から聞こえてきた。
「小川っ!」
痛む体に鞭打って彼女の元まで歩み寄る。
「……ははは、こ、怖いな……死ぬのって……」
崩れ落ちていく彼女の体は砂。
彼女に纏わりついていた闇はすでに晴れている。
そして、彼女の『心の色』もすでに色褪せている。
「……小川……!」
彼女の姿を直視出来ない。
葵がこちらに俯いたまま歩み寄ってきて、まだ人の形状を残している彼女の両肩の部分を下から持ち上げた。それを緋影の目の前まで持ってくる。